マクタン島の首長ラプラプ(1491–1542) は、スペインの侵略を拒んだフィリピン最初の英雄じゃ。世界一周を成し遂げる一歩手前じゃったポルトガル人探検家フェルディナンド・マゼランの武力による弾圧に真っ向から抵抗し、これを倒した人物として知られとる。

 lapulapu

magellan

 

今回は、マゼランとラプラプの戦いの舞台「マクタン島の戦い」を、想像を逞しくしながら振り返ってみることにしよう。

 

【ことの始まり】

 

1521年3月16日、スペイン国王の命を受け、モルッカ諸島を目指して香辛料調達の旅に出ておったフェルディナンド・マゼランの三隻の船団が、西サマール州の無人島ホモンホン島にたどり着いた。

長い航海で食糧が底をついておったマゼラン達はそこでやっと飯にありつき、がっついておったところをレイテ州リマサワの王コランブに見つかり、その翌月セブに招待されることになるのじゃった。

 

当時のフィリピン人は、外部の者に対して非常に友好的じゃったらしいの。ま、もっとも当時は新聞もインターネットもなかった時代じゃ。マゼランの一行がホモンホン島にたどり着く前にグアムで食糧の強奪をやらかし、怒った原住民に食糧を奪還されて、逆ギレして住民らを焼き討ちにしたことなど、知る由もなかったじゃろうが。

 

さて、セブに到着して現地の統治者フマボン王にうまく取り入ったマゼランは、さっそく王の影響力を利用して周囲の首長たちに食糧の提供を強要し、当時アニミズムとヒンズー教とイスラム教が主流だったセブ島にキリスト教を布教しながら、徐々に勢力を広げた。もちろん、フマボン王にも洗礼を授け、キリスト教徒に仕立てたのはいうまでもない。

 

首長らが次々とマゼランに服従していく中で、マクタン島の首長の一人ラプラプだけは頑として要求を拒否しておった。普段から島の利権をめぐってラプラプと対立しとったフマボン王は、これ幸いとマゼランをたきつけた。

 

フマボン「マゼラン殿。あのラプラプという奴、ちっぽけな島の首長の分際で我々に楯突くとは、身の程知らずもいいところですな。ここは他への見せしめのためにも、そなたの持つ近代兵器で一発どーんとやってしまってはいただけないものですかな?」

 マゼラン「ラプラプの措置については王、あなたに任せます。現地でのトラブルは現地人に任せる。これ海外ビジネスの基本」

フマボン「チッ、それができればアンタに頼まねーんだよボケ」

マゼラン「え?何か言いましたか王?」

フマボン「あ、いえ、何も… しかしですね。ワシの側近の話によると、あのラプラプはそなたのことを、その、『$※△#!』と言うておったとか」

マゼラン「なんですと!?なんで奴がそんなこと知ってるんですか!?今までずっと隠してたのに…」

フマボン「さらに『@*♪◎¥!』とも…ああ、口にするのも恥ずかしい…」

マゼラン「おのれラプラプ!そこまで知られてしまっては生かしてはおけん!」

フマボン「マジかよ…口から出任せ言ってみたが、ひょっとしてこいつ、実は相当の…」

マゼラン「え?何か言いましたか王?」

フマボン「あ、いえ、何も…」

 

…っちゅー会話があったかどうかは知らんが、マゼランとしてもここはフマボン王に恩を売り、首長たちにも圧倒的なファイヤーパワーを見せ付けて、現地の支配をさらに進めることを考えたようじゃ。

 

【マクタン島の戦い】

 

同年4月27日未明、マクタン島にやってきたマゼランはラプラプに最後の通告をした。

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こうして戦いの火蓋は切って落とされたのじゃった。

 

大砲、甲冑、剣、盾、火縄銃と、当時の最新兵器を装備しておったマゼラン軍。対するラプラプ軍は竹槍、弓矢、木の盾、刀、石。力の差は歴然じゃ。マゼランは「原人の分際が図に乗りおって。本艦の一斉砲撃で一瞬のうちに砂塵に変えてくれるわ」と余裕たっぷりじゃった。

 

ところが、いざ戦が始まってみると、干潮で船を射程距離まで近づけることができん。

 

しかたなく、甲冑と武器に身を固めた兵隊49人とともにボートで近づき、11人をボートの護衛に残してザブンと海に入り、岸に向かってよっちらよっちら歩き始めた。ラプラプ軍は浜辺に塹壕を掘って隠れておるのか、姿が見えんとくる。

 

やっとの思いで岸に上がった途端、雄叫びを上げながらラプラプの部隊が襲い掛かった。その数1,500人以上。3部隊に分かれて一斉に毒矢を射、石を投げ、カラサグ(木の盾)で身を護りながら竹槍やカンピランやバロンを振り回してくる。マゼラン軍は一瞬怯んだ。

 

「バカモン!何をビビっておるか!まず辺りの家屋を焼き払って威嚇せよ!」指揮官のマゼランは兵隊を叱咤しながら指揮を取るが、その命令が逆に火に油を注ぐはめに。家を焼かれたラプラプの兵士たちは怒り狂い、攻撃は凄烈を極めた。

 

しかし、数こそ少ないものの、相手は甲冑と盾に身を固めた精鋭部隊。ラプラプ軍の攻撃など、ロボコップに石ころを投げるようなもんじゃ。なかなか敵に致命傷を与えることができん。

 

じゃが、戦況を冷静に見ておった百戦錬磨のラプラプは、敵の弱点を即座に看破した。「足だ!無防備の足に毒矢を射よ!」

 

マゼランの部隊は、機動性を高めるためか、足には甲冑をつけていなかったとみえる。足だけ生身のロボコップ、みたいな。

 

足を集中攻撃され、とたんに劣勢になるマゼラン軍。マゼラン自身も右足を毒矢に射抜かれ、ついに退却を命じたが、時すでに遅し。大勢の敵に囲まれ、ついに命を失うことになったのじゃ。

指揮官を失ったマゼラン軍は戦意を喪失し、命からがらセブに逃げ帰ることになったのじゃが、形勢不利と見たフマボン王の裏切りに遭い、毒を盛られてさらに数名の船員を失ってしまう。マゼランに代わって指揮官になったエルカノ船長と残りの船員は「こりゃたまらん」とあわててセブからも逃げ出し、結局1522年9月6日にスペインに帰り着いたのは、ビクトリア号一隻とモルッカ諸島で仕入れた香辛料、そして乗組員たったの18人じゃったそうな。

 

(終わり)

 

参考文献

ラプラプ(ウィキペディア)
http://en.wikipedia.org/wiki/Lapu-Lapu
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%97%EF%BC%9D%E3%83%A9%E3%83%97

フェルディナンド・マゼラン(ウィキペディア)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%82%BC%E3%83%A9%E3%83%B3

フマボン王(ウィキピリピナス)
http://en.wikipilipinas.org/index.php?title=Rajah_Humabon

コランブ王(ウィキピリピナス)
http://en.wikipilipinas.org/index.php?title=Rajah_Kolambu

マクタン島の戦い(ウィキペディア)
http://en.wikipedia.org/wiki/Battle_of_Mactan#cite_note-Agoncillo_2006-0

マクタン島(ウィキペディア)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%82%BF%E3%83%B3%E5%B3%B6

セブ島(ウィキペディア)
http://en.wikipedia.org/wiki/Cebu#Religion

ホモンホン島(ウィキペディア)
http://en.wikipedia.org/wiki/Homonhon_Island

カンピラン(ウィキペディア)
http://en.wikipedia.org/wiki/Kampilan

バロン(ウィキペディア)
http://en.wikipedia.org/wiki/Barong_(knife)

カラサグ(ウィキペディア)
http://en.wikipedia.org/wiki/Kalasag