ドエンデ
ごきげんよう。クンクン博士じゃ。
ドエンデ(Duwende)は、日本でいう座敷童(ざしきわらし)に性質が似とる小人の妖精じゃ。とがった鼻と耳を持ち、ピエロのようなカラフルな服装をしておるという。
家の中、土の中、何万年も生きとる大木の中などに棲みつき、人間から受ける待遇次第で幸運をもたらしたり、悪さをしたりする。人間の前に姿を現わすことはせんが、ごく稀に幼い子供には姿を見せることがあるらしい。飯を与えたり、掃除なんかしとるときに「すみません、どいてください」と声をかけるなどして大切に扱ってやると、その家族を不幸から護ってくれるそうじゃ。逆に知らずに蹴っ飛ばしたりすると、恐ろしい呪いをかけられることになる。また、いたずら好きで、たまに家人の大事な物を隠してしまったりする。
ドエンデが家に棲んでおるかどうかチェックしたければ、昼ごろか真夜中に床に飯を置いてみるとよい。知らぬうちに無くなっておったら、ドエンデがおる証拠じゃ。ただし、他の家の者、犬、猫、ねずみ、浮浪者などが飯にちょっかい出さんよう、事前に策を講じておくことが肝心じゃ。
こういう話がある。
ある若夫婦が男の子を授かった。赤ん坊の頃から誰もいない空間に向かってキャッキャと笑い声を立てる不思議な子だったのじゃが、3歳ごろになったある日、家事をしとった母親が子供の様子を見に部屋に戻ると、息子がやっぱり誰もいない空間に向かってうれしそうに話しかけながら、一人で遊んどる。
母親「坊や、楽しそうね。誰とお話してるの?」
坊や「プルピコ(仮名)。お友達」
兄弟がいなくて寂しくて、仮想の友達を作り出しちゃったのね。母親はそう思った。忙しくてなかなか構ってやれない自分を責め、一人息子を不憫に思った母親は、気味悪がって怒るようなことはせず、そのまま「プルピコ」と遊ばせといてやることにした。
ところが、坊やは小学生に入学する年頃になっても依然プルピコとしか遊ばん。また、プルピコの存在もだんだん具体化してきよった。
「プルピコって、背はボクと同じくらいなんだけど、お隣のお婆ちゃんより年取ってるんだって」
「今日はプルピコが病気しちゃってて、一緒に遊べないんだ」
「ママ、ケーキもっとちょうだい。プルピコも欲しいんだって」
また、こんなことがあった。
「ママ、今日はお外に出ないほうがいいよ。プルピコが『あぶない』って言ってる」
その日、母親は友達と近くのショッピングモールで友人とお茶会があったのじゃが、普段は極めておとなしく、聞き分けのよい息子の異常ともいえる抵抗にあい、出発が遅れてしもうた。「いい加減にしなさい!」さすがにイラついた母親が、息子を叱咤しながら友人に謝りの電話を入れようとしたその時…
ドーーーーーーン!
という不気味な音が聞こえた。あわてて外に出てみると、ちょうどショッピングモールのある方向から黒い煙がもうもうと立ちのぼっておるところじゃった。
その後テレビのニュースで知ったのじゃが、母親が友人と待ち合わせておったショッピングモールの一角でガス爆発が起きたらしい。そして一番被害がひどかったのが、母親が友人と待ち合わせておったレストランじゃったそうな。待ち合わせ場所におった友人は、不幸にも事故に巻き込まれて命を失ってしもうた。母親もあのまま予定通り家を出ておったら、プルピコの言うとおり『あぶない』ところだったんじゃ。
で、それからしばらくは平穏な日々が続いたのじゃが…
ある日、坊やが両親にとんでもないことを告げた。
「プルピコが、ボクをプルピコの世界に連れて行きたいんだって」
プルピコとやらはよっぽどこの坊やを気に入っとるらしい。当然のことながら、息子のこの発言に両親はビックリ仰天じゃ。この頃には両親も今までの不思議な出来事から「プルピコ」の存在を認めざるを得ず、薄気味悪いっちゅーこと以外は特に害がある訳でもない(むしろ命拾いしとる)のでそのままにしておったが、息子がさらわれるとなれば話は別じゃ。ドエンデの世界に入った者はドエンデになる。そうなったら最後、坊やにはもう会えなくなってしまう。永遠に。
「ダメよ!ついって行っちゃダメ!」
「でもプルピコが…」
「プルピコさんはどこ?会わせて頂戴!」
「あそこ」坊やが傍の揺り椅子を指差した。不思議なことに、誰も腰掛けておらんにもかかわらず、椅子がキーコ、キコと揺れとる。
「プルピコさん、お願い!坊やを連れて行かないで!なんでもしますから!」母親は泣きながら揺り椅子に訴えた。プルピコが坊やを呼んだらしく、坊やが椅子に近づき、なにやらゴニョゴニョ話し始めた。どうやら坊やに通訳を頼んだらしい。
坊や「分かった、諦めるって。」
母親「ああっ!ありがとうございます!」
坊や「でもその代わり…」
母親「その代わり…?」
坊や「ママをお嫁さんに貰いたいって」
父親「そっそっそんな殺生な!」
坊や「ウッソピョ~ン!だって」
両親「…」
坊や「毎日昼と夜にご飯を床に置いておいて欲しいって」
母親「分かりました。これから毎日必ずご用意します」
坊や「一皿2000ペソ以上するアイムアンガスの極上ステーキ、あれがいいのう、だって」
両親「ということは、一日4000ペソ以上の出費?そっそっそんな殺生な!」
坊や「ウッソピョ~ン!だって」
両親「…」
やがて揺り椅子がピタリと動きを止めた。
坊や「あ、消えちゃった…」
その日以来、坊やはプルピコの姿を見ることができなくなった。どうやらドエンデを見ることができる年齢というのは限られとるらしい。ひょっとして、プルピコはそれが寂しくて坊やを仲間に引き入れたかったのかもしれんな。
一方、母親はプルピコとの約束を忠実に守り、毎日昼と夜に必ず飯(アイムアンガスのステーキではないぞ)を床に置くようになった。姿は見えんが、毎回飯がきれいに平らげられとることから、プルピコが今でも家に棲みついとるのは明らかじゃった。
こうしてこの家族は、プルピコに護られながらいつまで~も幸せに暮らしたということじゃ。
(終わり)
画像ソース:
笑ゥせぇるすまん
原作:藤子不二雄A