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カテゴリ: 犬クン日記
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「天才とは、1%のひらめきと99%の努力」有名な発明家、トーマス・エジソンの言葉である。また、稀代の天才テスラ・ニコラは、エジソンのこの名言を皮肉って「天才とは、99%の努力を無にする1%のひらめき」とも言っている。表現の違いはあるものの、共にひらめきの大切さを示している言葉であることに変わりはない。

 

私は天才などではないが、壁にぶち当たってにっちもさっちもいかなくなった時、突然ひらめいたというか、夢のお告げを聞いたというか、そんな感じの不思議な体験をしたことがある。

 

高校を卒業してアメリカに留学していた時のこと。ある日自宅の物置部屋を掃除していたら、小さい学習用コンピューター(いわゆるマイコン)が出てきた。今のようなPCではなく、BASIC言語が組み込まれたごく初期のコンピューター。これが私とコンピューターとの最初の出会いだった。

 

命令を書き込むことで、自分だけのバーチャルワールドを自由に創り出すことができるコンピューターの魅力に早速ハマってしまった私は、BASICの勉強にのめり込んだ。機器と一緒に出てきたカタログに面白そうなゲームソフトがいろいろ載っていたが、もちろんそんなもの買う金はない。遊びたければ自分で作るしかなかった。簡単なじゃんけんゲームから迷路ゲーム、トランプゲーム、住所録データベースなど、創作意欲の赴くままに、作れるものはどんどん作った。私の人生の中で最も充実した時期のひとつだったといっていい。

 

その日、私は部屋の片隅で野球ゲームのプログラミングに没頭していた。今回はいままでよりもかなり複雑だ。様々なルールと条件を盛り込まなければならない。

 

ところが、作業も終盤に差し掛かったところである条件を盛り込もうとしたのだが、全然希望通りの動作をしてくれない。

 

「おかしいなー。ロジックはこれで合ってるじゃんよー。何で動かないんだよー…」もちろん合ってないから動かないのだが、当時はインターネットなど普及していなかった時代。情報収集の手段は非常に限られていた。コンピューターを罵倒しながらBASICのマニュアルを読み直し、別のロジックを組み立てて試してみるも、そのことごとくが失敗。頭の中はロジックだらけで睡眠もろくに取らず、やがて疲労がピークに達し、意識が朦朧としてきた。

 

そして完全に行き詰った。

 

「もーだめ!ちょっと休憩」とベッドに寝っ転がり、目をつぶったが、その間も考えっぱなし。やがて寝ているのか起きているのか分からない状態になり、ちょうど夢を見ているようなフワフワ感に身を任せていた時、突然ふっと頭の中で一つのロジックが浮かんだ。本当に、何の前触れもなく。

 

ぱっと目が覚め、ベッドから飛び起きると、そのままコンピューターのもとに飛んで行き、打ち込んでみた。すると…動いた!ヒャッホー!

 

まるでコンピューターの精かなんかが、突破口を見つかられずにもがき苦しんでいる私を見て哀れに思い、頭の中に正解をポンと放り込んで去っていったような、そんな奇妙な感覚だった。「こういうのを『啓示』とか『ひらめき』とか『夢のお告げ』とかいうんだろうな~」と、その時は思ったものだ。それほど不思議な体験だった。

 

思うに、「ひらめき」というのは、考えまくって、苦しみまくって、持てる力を極限まで出し切った時に突然やってきてくれるものなのかもしれない。「ひらめきとは、99%の努力と1%のラッキーである」みたいな。

 

ひらめきを得るには、いろいろと条件があるようだ。

1)好きなことに没頭していること。言い換えれば、好きなことだからこそ没頭できるともいえる。
2)時間や締め切りに追われていないこと。これらを気にしていると集中力が損なわれるから。かといって、ダラダラやっていればいいというわけではなく、「早く完成させたい」という気持ちで自分を急かすことが大事。
3)問題について、とことん考え抜くこと。夢にまで出てくるほどになったら、ひらめきは近い(かもしれない)。頭に浮かんだことは、忘れないうちに記録しよう。
4)諦めないこと。諦めてしまったら、そこで終わっちゃうから。

 

要するに、ひらめきにはそれなりの下地が必要だということだね。何もないところからひらめきを得るのはかなり厳しい、というか、仮に得たとしても気づかずにスルーしてしまっているケースが多いのかも。

 

ちなみに、劇的な「ひらめき」の助けによって無事完成に漕ぎ着けることができた野球ゲームだが、完成後間もなく記憶媒体に使っていたカセットテープが読み込み不能に陥るという、痛い結末を迎えるのであった。

 

hirameki