オレの名はロベルト(35)。タクシードライバーだ。

 

一応クリスチャンだが、敬虔な信者って訳じゃない。日曜日にはいっちょうらを着て教会に行き、神父の話を聞いてる振りしながら、隣の美人のネエちゃんをコッソリ観察して妄想に耽り、帰る。他の奴らと同じさ。

そんなオレだから、幽霊なんて存在はハナから信じちゃぁいなかった。

 

そう。あの夜までは。

 

あの夜、オレは客を求めてケソン市を流していた。でもあまり遠くまで行きたくなかったんで、「パラニャケ市まで」とか言ってくる客は「すんません。今から家に帰るんで」なんて嘘ついて、片っ端から乗車拒否だ。そりゃ悪いのは分かってるさ。でもオレの同僚だってみんなやってんだぜ?いいだろ?別に。

 

だが、どういう訳か、その夜はオレ好みの客はほとんどいなかった。チッ、ほんの数メートルにタクシー使ってくれる客いねえのかよ。まったく世知辛い世の中になったもんだぜ。

 

しばらくそのまま市内を流してて、オレはちらりとダッシュボードの置き時計に目をやった。午前3時!?マジかよ!ぜんぜんノルマ達成してねえのに。こんな状態で車庫に戻ってもボンダリー(車のオーナーに払う車両使用料)払えねえよ。オーナーになんて言い訳しよう?「車故障しました」?ダメだな新車だし。

 

そんな時だ。あの子が乗ってきたのは。

 

「モラト・アベニューまでお願いします」と彼女は言った。

 

普段のオレなら、時間も時間だし、フラッグダウンせず「帰りに客拾えないんで」とか言って料金交渉に入るところだが、やめた。オレのタイプのカワイコちゃんだったからだ。

 

いつもの癖で、オレはバックミラー越しに客を観察した。暗くてよく分からんが、顔立ちと体つきからして、まだ20代前半ってところか。真っ白いドレスにかかった長い黒髪が、心なしか湿ってるように見える。こんな時間に道端をうろついてるってことは、水商売のアルバイトでもしてるのか?とてもそういう子には見えないが。

 

バレテ通りに入ったところで、彼女はオレに話しかけてきた。

 

「...アタシ、好きな人がいたんです。向こうからモーションかけてきたんですけど、彼、とっても優しくて。毎晩仕事場に迎えにきてくれて、バラの花束を必ず届けてくれて、アタシのために歌を作ってくれて...」

「...一度、仕事の帰りに男の人数人に襲われたことがあるんですけど、その時も『この子に手を触れるな!』って叫んで、勇敢に戦ってアタシを守ってくれたんですよ~」

 

チッ、のろけ話かよ。んな事オレにゃ関係ねーよ。

 

「...それである日、彼からあの、身体を求められたんですけど、思い切って捧げちゃったんです。その時にはもう、彼なしには生きていけないって思うほど、彼を愛しちゃってたし」

 

あーそうですか。そいつはよかったな。ふん。

 

「...でも、その日から彼、急に冷たくなって。毎日毎日お金せびるようになって、渡さないと翌朝熱が出るくらい殴られて、恥ずかしくてとっても人には言えないような変態行為を要求するようになって、それをビデオに撮ってネットに流したりして...ウウッ」

 

おいおい、マジかよ。とんでもない奴だなそいつ。

 

「...後で知ったんですけど、最初からアタシのお金と身体が目当てだったんです。暴漢に襲われた時だって、友達との芝居だったんです。彼、アタシから搾り取るだけ搾り取っておいて、ある日突然いなくなっちゃいました...」

 

「そりゃ酷いですね。で、その後そいつの消息は全然掴めてないんですか?」思わずオレはそう話しかけ、ちらとバックミラーに視線を投げた...

 

が...

 

女は...

 

いなくなっちゃってました...

 

...って、ははは。ウソだろ?

 

オレはあわててブレーキを踏み、首を後ろに捻じ曲げて、後部座席とその周りを隅々までチェックして彼女の姿を探したが、やっぱり女はいなかった。走っていたオレの車から、まるでマジックショーのアシスタントみたいに、忽然と姿を消しやがった。

 

あわわわわ幽霊かよそんなバカなでも本当に消えてるし何でオレがこんな目に遭わなきゃいけないんだオレは何も悪いことしてないのにそうだこんな時間までオレを働かせるオーナーが悪いあの野郎ぶっ殺(プツン)

 

参考文献:Manila Bulletin「Balete Drive」