マニラ首都圏16市の一つ、マリキナ(Marikina)。別名「フィリピンの靴の都」と呼ばれておるほど靴産業が発展しとる都市で、ギネスブックに記録されとる世界最大の靴を作った場所じゃ。世界で最も靴のコレクションが多いと言われとるシュー・ミュージアム(Shoe Museum)には、イメルダ・マルコス元ファーストレディーの有名な靴コレクションも展示されとる。

 

Location within Metro Manila
By Eugene Alvin Villar (seav) - Own work, CC BY-SA 3.0, Link

 

さて、靴とは全然関係ないのじゃが、ここマリキナ市にはひとつの伝説がある。今回はそれを紹介しよう。

 

昔、マリキナ市のマランダイという土地に、マリキタちゅう名の美しいおなごが、田んぼの真ん中に建つ小さな家に親と住んでおった。その愛くるしい容姿は村の男たちをことごとく魅了し、ツイッターやフェースブックでも「田んぼに住んでる女の子が美人すぎる件」とかいうて紹介されるほどじゃった。

 

マリキタちゃんの家は、村の表通りからかなり離れた辺鄙なところにあったのじゃが、それでも彼女との結婚を夢見る多くのミツグ君たちが、足を泥だらけにしながらせっせと通いつめとったそうじゃ。

 

こうしたけなげな男たちが田んぼの泥で靴をダメにし、そのつど買い換えとったので、靴産業が発展した…のかどうかは知らん。

 

マランダイきっての資産家の跡取り息子カバナランも、マリキタの美しさに心を奪われた者の一人じゃった。その辺の泥臭い若者には到底望むべくもない育ちの良さ、甘いマスク、そして純粋で優しい心を持った若者じゃった。ただ、裕福層に身を置き、何不自由ない暮らしをしとるからかどうか知らんが、世間知らずで気前が良すぎるのが玉に瑕じゃった。

 

ルックス、性格、金、地位。モテる男の条件を全て備えたカバナランじゃ。言い寄ってくる女性もさぞ多かったことじゃろう。他の若者よりもはるかに多くの選択肢があったに違いない。

 

そんな彼がマリキタに一目惚れし、我を忘れた。

 

「自分は跡取り息子として大事に育てられ、両親から何でもかんでも与えられてきましたが、心の底から『欲しい』と思ったのは、後にも先にも彼女が初めてでした」と、カバナラン君がワシとの独占インタビューでも言っとった。

 

一方、マリキタちゃんもカバナランに好意を寄せ、彼の積極的なアプローチを受け入れた。早い話が、付き合い始めたっちゅーこっちゃ。

 

で、ある日、付き合い始めてまだ数ヶ月だっちゅーのに、カバナラン君ったらいきなりマリキタちゃんにプロポーズしよった。

 

「ああ僕の愛しいマリちゃん!僕はもう君なしには生きていけない。欲しいものは何でもあげよう。だからお願いだ、僕と結婚してくれ!」

 

「何でもあげる」じゃと?出たな。気前の良すぎる彼の悪い癖が。ワシじゃったら即座に「じゃ、ランボルギーニ・レヴェントン買ってくれ」と言っとるところじゃ。ちゅーか、「何でもする」と言うところを「何でもあげる」と言うところに、金持ちの坊ちゃんならではの傲慢さを感じるの。本人はたぶん意識しとらんとは思うが。

 

意地汚いワシと違って、マリキタちゃんは別に何もくれなくてもプロポーズを受け入れるつもりじゃったらしい。が、「何でもくれてやる」と言われてちょろっといたずら心が働いのか、はたまたプロポーズされた照れ隠しのつもりか、笑みを含めた口に手を当て、いたずらっぽい目で相手を横目に見やりながら、こう言った。

 

「そうねえ…私の家って、あんな辺鄙なところにあるでしょ?田んぼのあぜ道に足を取られて毎日通りまで出るのが大変なのよね。明日の朝までに家から通りまで一直線の石畳の道を作ってくれたら、その場で結婚してもいいわよ?」

 

もちろん、軽い冗談のつもりで言ったことじゃ。本当に作って欲しいとはぜんぜん、まったく思っておらん。一晩で何メートルもの石の道を完成させろなんて、そんな無茶なことが出来るわけがなかろう。誰だってジョークとわかるじゃろこんなの。

 

しかし、マリキタちゃんは彼の性格を完全に読み違えた。すぐに「ウソウソ!冗談よ!もーすぐ本気にするんだからカバちゃんは」と言うてやればよかったんじゃが、いかんせん交際期間が短すぎた。相手が「あはは、いやーまいったなー。さすがに一晩は無理だよ。2週間で手を打たない?」とか言って合わせてくれるとフツーに思とったんじゃ。

 

ところが、純粋で世間知らずのカバナラン君は、自分の真摯なプロポーズがまさかジョークで返されるとは夢にも思わなかったんじゃな。「道を作れば、道さえ作れば、マリちゃんが僕のものになる!」彼にとってはそれが全てじゃった。可能か不可能か、そんなことはどうでもよかった。

 

「よし!絶対作ってやるよマリちゃん!約束する!」唇をわななかせ、必死の面持ちで何が何でもやり遂げる決意を示すカバナラン君。「がんばってね~。明日の朝6時までだからね!」とのんきに笑い、タイムリミットまで設定して追い討ちをかけるマリキタちゃん。お互いの大いなる勘違いにまったく気づくことなく、その日のデートは終わりを告げた。実はこれが二人の不幸の幕開けだったのじゃが、二人には知る由もなかった。

 

果たして、マリキタと別れて帰路につくカバナランの顔は、死人のように蒼ざめておった。「考えてみれば、一晩であそこに道を作るなんて無茶だよな… でも、作らなきゃ結婚できないし… 約束を破って彼女に嫌われるくらいなら、死んだほうがましだし… ああ… 僕はどうすれば…」

 

身から出た錆、自業自得とはこのことじゃな。勝手に約束しといて、勝手にどツボにはまっとる。哀れな奴よ。

 

耐え難いほどの絶望感にさいなまれ、意識が朦朧とした状態でふらふらと林の中に迷い込むカバナラン。ハッと我に返った時には、いつの間にか一本のマンゴーの木の前に立っておった。「あれ…?ここは一体…?」

 

あわててもと来た道を引き返そうとしたその時、マンゴーの影が揺れて一人の男が現れた。スタイルの良い黒尽くめの男。美しく整ってはおるが、いまいち国籍がはっきりしない顔立ちをしておる。男は底知れぬ威圧感と自信に満ちた目をカバナランに向け、笑みを浮かべながら静かな口調で話しかけた。

 

「君。かなり深刻な悩みをお持ちのようだが、私に話してみる気はないか?出来る限り力になって差し上げよう」

「どこのどなたか存じませんが、かまわないでください。僕は忙しいんです」そうだ。はやく道を作らなきゃならない。でもどうやって?

「そんなことはお安い御用だ。私が君のために道を作ってあげよう」

 

心の中でつぶやいていた悩みをズバリ言い当てられ、カバナランはびっくり仰天した。「あなた、霊媒師かなんかですか?ひょっとして、クリス・エンジェルさん?」

 

マンゴーの男は『エンジェル』という言葉になぜか一瞬顔をしかめたが、「そんなことはどうでもいい。君は愛する女性と一緒になるために、今晩中に石畳の道をこしらえなきゃいかんのだろう?私が道を作ってやろう。どうだ?」

 

無理だよ。いくらクリス・エンジェルだって、できっこない。それこそ神でなければ…

 

「確かに、私は君の思っている、そのう、そいつではない。が、それに近い存在だ」今度は露骨にいやな顔をし、明らかに『神』という言葉を避けて、マンゴー男はカバナランの心のつぶやきに答えた。

「本当ですか?じゃあ、証拠を見せてください。そうですね。ギャラクシーエンジェル2 テキーラ・マジョラムのフィギュア、今すぐ出せますか?」こ、こやつ!実は隠れオタクだったのか!あなどれん!

 

またもや『エンジェル』という言葉。男は幾分イラついた表情で「すまないがそれは無理だ。デビルマンレディーなら出せるが」と答えると、片手をついと前に差し出した。男の手のひらから紫色の煙がもやもや出たと思うや、たちまちデビルマンレディーのフィギュアに姿を変えた。

 

目の前で起きた信じられない光景に唖然としながらも「あー、それならもう持ってるんだよな~」と不平をこぼすカバナラン。おいおい、そういう問題じゃないじゃろ。

 

「…君は、恋人のために石の道を作らなきゃいけないんじゃなかったのか?」

「あ、そうでした。お願いです!助けてください!もし石の道を今晩中に作ってくれたら、何でもあげます!」

 

また「何でもあげます」か。さっき、その悪い癖が災いして痛い目に遭ったばかりじゃろ。ホント学習能力のないおバカちゃんじゃな。

 

男はニヤリとすると、何もない空間から書類らしきものを出現させた。そしてバカ、もとい、カバナランに差し出すと「では、この契約書の、そうそう、ここの下のほうに、ご自分の血でサインをお願いします。石の道を作って差し上げる代わりに、お客様のお命を頂戴いたします。あ、そのフィギュアはサービスです。ご自由にお持ち帰りください」と一気に説明した。

 

カバナランは、契約書にサインをしながら、「一体、あなたは何者なんですか?」と聞いた。この事態に至っても、まだ男の正体に気づかぬらしい。

 

「はっきり言おう。私は悪魔だ。君はたった今、私に魂を売ったのだよ」

「悪魔?あなた、あの『デスノート』って漫画に出てくる化け物なんですか?」

「違う。あれは悪魔じゃなくて死神…うっ!」うっかり『神』という言葉を口走ってしまった悪魔は、胸を押さえてうずくまった。

「あ、悪魔さん、大丈夫ですか?」こやつ、わざとかどうか知らんが、さっきから悪魔が嫌がることばかりしよる。さすがの悪魔も手を焼いておるようじゃな。

 

やっと苦痛から立ち直った悪魔は、脂汗を流しつつカバナランの手からさっさと契約書を奪いとると、「では、明日の朝を楽しみにしているがよい」と言い残して姿を消した。後には不平をこぼしときながらもちゃっかりデビルマンレディーのフィギュアを手にしとるカバナランだけが残った…。

 

翌朝 午前6時30分。

 

鶏の鳴き声で目覚めたマリキタは、部屋にこもった空気を入れ替えるために窓を開け、普段と何か違う景色に気がついた。そっとドアに近づき、外に出てみると…

なんと、真新しい真っ白な石でできた立派な小道が、家の戸口から表通りまで一直線に伸びておるではないか!

 

「こ、これは… まさか、カバちゃんが?」

 

恐る恐る小道に足を乗せ、表通りに向かって数歩歩いてみる。幻じゃない!本物だわ!あんな冗談を真に受けて、私のために本当に一晩でこんなに素敵な道を作ってくれるとは… なんて、なんて人なの!マリキタは感動で胸がいっぱいになった。

 

ふと表通りを見ると、男が一人、笑いながら手を振っておる。カバナランじゃ。マリキタはとっさに駆け出した。約束よ!今すぐ結婚してあげる!

 

幸せいっぱいな微笑をたたえたカバナランの許まで、あとわずか。両手を広げて愛する男の胸に飛び込もうとしたその時、異様な姿をした「生き物」が突然姿を現し、ゆくてを阻んだ。真っ赤な体、耳まで裂けた口、鋭い牙、頭に生えた二本の角、そして不気味にくねる長い尻尾。「あ、悪魔…」マリキタは驚愕と恐怖で腰が抜けたのか、その場にへたり込んでしもうた。

 

「契約通り履行した。代金をいただいていくぞ!」悪魔はそう叫ぶなり、カバナランの胸に五本の指を無造作に突き入れ、魂を肉体もろとも奪い去っていった。一瞬の出来事にマリキタはなす術もなく、涙で曇ったうつろな目で、ついさっきまで自分の恋人が立っておった空間をただ見つめるばかりじゃった。悪魔?契約?代金?カバちゃん… あなた、ま、まさか…

 

自分が口にした軽い冗談が、取り返しのつかない事態を引き起こしてしまったことを知ったマリキタは、カバナランが彼女に遺してくれた石の道を幽霊のようにふらふらと渡って家に戻るなり、自分の部屋に閉じこもってしもうた。

 

数日後。

 

村のとある川岸でマリキタの死体が発見された。村人たちによると、マリキタとカバナランがよく二人で遊んでおった場所らしい。自分で命を絶ったのか、誰ぞに殺されてしもうたのか、それは誰にも分からん。

 

悪魔が作った石の道「Landas de Diablo」は、マランダイのどこかに今でもあるということじゃ。

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