輸出加工区、温泉、フィリピン大学などで知られるラグナ州。そのラグナ州にマキリン山というなだらかな山容を持つ山がある。マニラからラグナ州に向かう高速道路South Luzon Expressway(SLEx)からでも、その雄大な姿を見ることができるじゃろう。

 

昔の人たちは山をある種特別な存在として信仰や畏怖の対象としてきたが、マキリン山も例外ではない。マキリン山とそれを愛する人々を守るディワタ(Diwata - 妖精という意味)の存在が、昔から住民の間で信じられてきた。

 

マキリン山の山頂をよーく見てみると、ちょうど女性が仰向けに横たわっているような形に見えてくることがあるが、ラグナ州の住民はその姿をディワタ「マリア・マキリン」だと言う。山そのものがマリア・マキリンだというわけじゃな。

 

MMTCIjf8206 07.JPG
By Ramon FVelasquez - Own work, CC BY-SA 3.0, Link

 

今回はそんなマキリン山の守護精霊、マリア・マキリンの伝説を紹介しよう。

 

昔々、ラグナ州の山に妖精が住んどってな。人々は彼女を「マリア・マキリン」と呼んでおった。

 

オリーブ色のしっとりとした肌、輝くほどの艶をおびた黒い髪、そして宝石のような光沢を持つ澄み切った目。一目見てはっと息を呑むほど艶かしく美しい妖精じゃったそうな。

 

心の優しいマリアちゃんには、こんなエピソードがある。

 

ある時、山のふもとに住んでおる農夫の子供たちが病気に罹ってしもうた。親父がマリアちゃんに助けを乞うと、生姜がたんまりと入ったビラオ(竹などで作られた大振りの器。米に混ざったごみや石を取り除く笊(ふるい)や、料理を乗せる大皿として使われる)を手渡されたそうな。

 

「そりゃ、生姜は喉のイガイガに効くって言われてるけど、こんなのをしこたまもらってもショーガないんだよなぁ…」と、農夫はガックリして、それでももらったものはしっかり持って帰ったそうじゃ。

 

ところが家に帰ってびっくり、なんとビラオに入っていた生姜たちがみんな金塊に化けておったという、デービッド・カッパーフィールドも泡吹いてその場にぶっ倒れるようなことが起こったんじゃな。

 

妖精の話でホンワカした気分になっていたところに、金塊という俗の世界にまみれたものが登場して現実に引き戻されちまうのがちと興醒めもんじゃが、まあそれはそれでよしとしておこう。とにかく、そんなことがちょくち

ょくあったもんじゃから、村の人間はマリアちゃんを好いておったわけじゃ。

 

妖精とはいえ、心も顔も体も美しいアリアちゃんを、村の青年たちが放っておくわけがなかろうの。中でもスペイン人の軍人ララ大佐、マニラの学校に通っておるメスティーゾ(フィリピン人とスペイン人の混血)の学生ホセリート、そして農夫フアン。この3人はマリアちゃんにぞっこんじゃったそうな。

 

当時のフィリピンの宗主国スペイン出身の颯爽とした軍人とメスティーゾのハンサム&リッチな青年。どちらも当時の未婚の女性らにとっては「きゃー見て見て、こっち向いたわよ!!あっ!噛んでたガムを捨てたわ!拾って拾って拾って私の宝物ーーーーーーーー!!」もんのアイドル的な存在じゃったろう。

 

それに比べ、畑で野菜や果物を相手にただもくもくと働き続ける、勤勉さだけがとりえの「しがない農民」フアン。ジャスト・ワンノブ・ザ・オーヂナーリー・ファーマーズ、フアン。

 

さて、賢明なるお主らなら、ここまでの設定を聞けばおのずとオチは判ろうというものじゃな。そう。山の守護神マリアちゃんは、草木や動物たちを愛する農夫フアンのファンになってしもーたのじゃ。

 

「アタシはファンを愛してるの。だからみんな諦めてね」満月の夜にマリアちゃんに呼ばれて、淡い期待を胸にいそいそと山に登ってきた大勢のミツグ君たちは、一番聞きたくなかった言葉を彼女の口からさらっと告げられ、ひどく落胆して山を降りた。中でも自身の社会的ステータスと容貌に絶対的な自信を持ち、「俺こそは!」「ボクこそは!」と意気込んでいたララ大佐とホセリートの落ち込みレベルは並大抵のものではなかったらしい。

 

そしてそんなやりきれない感情がやがてフアンに対する憎悪の炎となって燃えさかることになるのであった…。「自意識過剰=失恋=そんな馬鹿な=なんでこんなトロい奴が=許せん!」っちゅー典型的な「逆恨みの方程式」じゃの。こわっ!

 

そんなことがあったある日、スペイン軍の兵舎が突然火事に見舞われた。ララ大佐は早速フィリピン人の逮捕を命じたが、逮捕されて牢獄に放り込まれた者たちの中にフアンも混じっておった。ララ大佐とホセリートの陰謀が働いておったことは言うまでもない。

 

連日にわたる拷問により、投獄者たちは一人、また一人と命を落としていった。ある夜、ララ大佐とホセリートは牢屋に赴き、なにやらひそひそと投獄者たちと密談をした後、何ごともなかったかのように去っていった。ふーむ、また何か企んでおるらしいの。本当にこの二人はまったくもー!

 

そして次の日、フアンは兵舎の火付けの張本人として吊るし上げられた。

 

「そういえば俺、フアンが兵舎にガソリンをぶちまけてるの見たぜ」

「ワシゃフアンが兵舎のそばでマッチをすってるのを見たぞい」

「ボク、フアンが兵舎の裏でエロ本読んでるの見た」

 

投獄者たちがこぞってフアンを名指しし、フアンは絶体絶命の窮地に陥ったのじゃな。

 

「オ、オラやってねえだ!オラじゃねえだよ!信じてくれろ!!」不安に駆られたフアンはそう哀願したが、誰も耳を貸さなかったそうじゃ。大方ララ大佐とホセリートにひどく脅されたんじゃろうて。嗚呼、哀れなり。汝の名はフアン。

 

やがて広場の中央に引きずり出されたフアンは群集の前で無実の罪を着せられ、銃殺の刑に処せられてしまうのじゃが、撃たれる刹那、声の限りにマリアの名を呼んだ。

 

その声は地を這い山を越えてマリア・マキリンの耳に届き、異変を知ったマリアはしなやかな身を翻して疾風のごとく愛する男の許に飛んでいったのじゃが… 時すでに遅し。フアンは息絶えた後であった。

 

…っくぅーっ!泣かせるのおーー!!ワシはこのくだりを読むたびに目頭がジーンと熱くなるわい。

 

フアンの亡骸をその豊かな胸にきつく抱きしめ、むせび泣くマリア。深い悲しみに打ちひしがれた涙まみれの美しい顔が次第に鬼の形相をなし、周りの群集を針のような厳しい目で睨ねめつけた。「お前たち、なぜ彼を見殺しにした!?」

 

一方、ララ大佐とホセリートはマリアの剣幕に恐れをなし、脱兎のごとくマニラに逃げ込んで身を隠すのじゃが、どっこい相手は並みの人間じゃないのじゃな。

 

ララ大佐とホセリートのフアンに対する仕打ちを知ったマリアは二人に、そして愛の駆け引きで負けを認めたがらない全ての者たちに呪いをかけたのじゃ。

 

やがて呪いは効力を発揮し、ホセリートは原因不明の病で苦しみもだえながら死んでいく羽目に。

 

ララ大佐はというと、スペイン人の度重なる暴挙についに堪忍袋の緒が切れたフィリピン人とスペイン兵の戦場と化したラグナ州に再び呼び戻され、やがてフィリピン人革命家たちに捕らえられて殺されてしまう。

 

その後、マリアの姿を見た者はいないということじゃ。

maria_makiling